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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)1089号 判決

原告

株式会社国際情報社

右訴訟代理人弁護士

橋本三郎

被告

株式会社新潮社

右訴訟代理人弁護士

菅野勘助

主文

一、原告の請求は、棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「一 被告は、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞の各全国版、東京都で発行される東京新聞および日本経済新聞、名古屋市で発行される中部日本新聞、広島市で発行される中国新聞、福岡市で発行される西日本新聞、仙台市で発行される河北新報および札幌市で発行される北海道新聞の各社会面下段並びに原告の発行する国際写真情報巻末頁下段に、枠つき天地六・九センチメートル、左右一〇センチメートルのサイズに、新聞活字を標準として、見出しには並明朝三倍ゴヂツク活字、本文には一・五倍活字を用い、行間は新聞活字の二分の一として、別紙目録記載の謝罪広告を、連続して三回掲載せよ。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一、原告は、原告が昭和三八年十一月一日発行した国際写真情報第三十七巻第十一号の「生れかわる大東京」と題した記事中に、第五頁から第八頁にわたり掲載した「大東京の主要道路はこうなる」という題号の地図(以下原告の地図という。)の著作者である。

すなわち、原告の地図は、原告において企画し、その編集部員が一々現地を踏査し、主要部分を撮影し、数回にわたり航空機を雇用して空中撮影を行うなど、努力三カ月に及ぶ資料の蒐集ののち、画家井上球二を伴つて全域を踏査したうえで同人の助力により、原告が製作した作品である。当時この種の地図は、首都高速道路公団になく、図に表現した高速道路の大半は予定線であり、土地の買収にも着手されていない状態であつたが、原告は未来は主要道路がこうなるであろうという想定のもとに、この地図の製作したのである。製作に当つても、原告は編集長を通じて井上球二に対し、地図の図型、図案および色彩いいたるまで指示および注文を与え、同人はこれに従い、原告提供の前掲資料に基づき、原告の意図をいかに表現するかについて努力し、原告の創意、構想に合致するように図案化し、色彩化して、原告の地図を完成したのである。たとえば、皇居とその森、国会議事堂、東京駅、国立競技場、東海道新幹線および駒沢競技場と主要道路との関係、建物、森および河川の色彩等は、原告の注文により、井上球二が作図したものである。

かように原告の地図は、原告の著作にかかるものであり、原告はこれについて、著作者人格権および出版権を含むすべての著作権を有するものである。

二、被告は出版業を営むものであるところ、被告が昭和三十八年十一月二十五日発行した週刊新潮同日号のグラビヤ特集「高速道路はこうなる」と題した記事中に、同誌第四頁および第五頁にわたり「高速道路略図」という題号の地図(以下被告の地図という。)を、掲載したが、被告は、被告の地図を掲載することにより、原告の地図に関する原告の前掲著作者人格権および著作権を侵害した。すなわち、被告は原告の同意なくして、(イ)原告の地図は、これを収めた記事の「生れかわる大東京」という題名に相応するように、東は千葉県と境を接する荒川放水路から、西は神奈川県と境を接する多摩川にいたる区域にわたつているところ、被告の地図においては、東は、荒川放水路はもとより、隅田川の一帯を、いずれも取り除き、かつ原告が最も重要視した全面にわたる色彩を取り除きもつて原告の地図に図面の全体観を著しく粗悪ならしめるような改竄を加え、(ロ)原告の地図の改竄物である被告の地図に、著作物である原告の氏名を付さないで、これを隠匿し、(ハ)被告の地図に「高速道路はこうなる」という題号を付し、よつて原告の著作物である原告の地図の題号を改めた。

三、被告は、被告の地図が原告の著作物である原告の地図の偽作であることを知りながら、前記の権利侵害行為をしたものである。すなわち原告は、原告の地図を掲載した前掲国際写真情報の末尾に「禁無断複写、複製、転載」の文字を掲げて、同誌中の原告著作物についてこのような行為を禁ずる趣旨を明らかにしていたし、また、被告は、原告の地図が掲載された直後である同年十一月初旬、原告の編集部に井上球二の住所を問い合せたのち、被告の社員に井上を訪問させ、「原告から教えられてきた」と前置して、原告の地図を井上球二に示し、「これは四頁であるが、被告の雑誌では二頁の見開きになるよう縮少したものにしてくれ」と、あたかも、原告からそのことについて承認を得たうえで訪問したかのような態度を示して執筆依頼し、井上をして、原告が被告の地図の作成を承認しているものと思わせて、被告の地図を作成させたのである。これらの事実からすれば、被告が原告の権利を全く無視したことは明白である。

四、原被告は、いずれも出版業者として日本全国にわたる販売網を有し、一国文化の発展向上に寄与することを理想しつつあるものであるが、国際写真情報は、大正十年、原告代表石原俊明が個人で創刊した雑誌であり、昭和十五年有限会社国際情報社設立後は同社において発行するところとなり、同社は昭和二十六年組織を変更し、株式会社国際情報社(原告)としてその発行を継続して今日に至つたのである。同誌は、数年前から定価一部三百円、毎月一日発行の月刊雑誌として、現在一カ月の発行部数二万四千部余り、一カ月の売上高は金七百二十余万円に達している。

五、原告は被告が、被告の地図を前記週刊新潮に掲載したため、国際写真情報販売の関係者および購読者から被告の地図の掲載を原告が承認したものかどうかにつき照会を受け、地図の色彩を除去し、一部に変更を加え、地図を粗雑化したことについて批評を受け、原告の声望、名誉が著しく傷つけられたのである。よつて原告は、被告の行為により傷つけられた原告の声望名誉を回復するための措置として、請求の趣旨記載の謝罪広告をすることを命ずべきことを求める

六、被告主張の一の(二) 事実のうち、原告が原告の地図に「井上球二作」と表示したことは、認める、これは同人が青年画家として、いまだ世上に著聞するに至らないから、同人を広く世に紹介し、その発展を招来するようにという厚意的発意に基くものであり、被告のいうように、著作者として有する権利や利益を放棄否定したものではない。

なお、被告指摘の著作権法第三十五条第一項の規定は、あくまでも推定規定であるから、反証により覆えすことをうるものであることはいうまでもない。

(被告の答弁等)

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり陳述した。

一  原告主張の第一項の事実のうち、原告が、その主張の国際写真情報に、原告の地図を掲載したことは認めるが、原告が原告の地図を著作し、その著作者人格権および著作権を有することは否認し、原告の地図製作の経緯は知らない。

原告地図の著作者は、井上球二であり、その著作者人格権および著作権は、いずれも同人に属し、原告はこれを有しない。たとえ、原告の地図の製作に、原告主張のように、その社員の現地踏査による主要部分の撮影を行うなど資料の蒐集に努めたのち、社員が井上を伴つて全域踏査をした事実があつたとしても、それは、原告社員が井上に地図製作の資料を供与しただけのことであり、これら資料は、井上の全域踏査による同人の図形、図案等の心象形成の素材的な役割を果したにせよ、図面上に引かれた線、色彩および図形等は、井上の視覚的表現により製作されたものであるから、地図全体の著作者が同人であることには変りがない。このことは、原告みずから前掲国際写真情報誌上に掲載した原告の地図において、「井上球二作」と表示していることからも、明らかである。

仮に、原告が原告の地図の著作者であるとしても、前記のように、原告みずから発行した誌上に、他人を著作者として表示したときは、自己の著作物であると主張する利益がなく、あつたとしても、これを放棄したものとみるべきである。

また、著作権法第三五条第一項の規定によれば、本件の場合において、原告の地図に著作者として氏名を掲げた井上球二をもつて、著作者と推定される。もとより、これは推定ではあるが、本件における被告のように、第三者において、著作者として氏名を掲げた者をもつて、著作物と信ずることにつき正当性がある場合には、推定を覆えすことは、社会的常識と表示の信用性から、容易に認められるべきではない。

二  原告主張の第二項のうち被告が、原告主張の週刊新潮に被告の地図を掲載したことは認めるが、その余は争う。被告の地図は、原告の地図の偽作ではない。

被告は、昭和三十六年中、週刊新潮について、「変り行く東京」の報道を企画し、同誌昭和三十七年一月八日号に、「高速道路緒につく」と題する記事を掲載したのをはじめとして、同誌同年七月二十三日号、昭和三十八年一月二十八日号、同年六月十七日号および同年十月七日号に、それぞれ、高速道路完成途上の橋作りなどに関して写真報道をしたが、さらに、その終局的報道計画を立てていた。たまたま、被告のアイデアと一致する図面が、原告主張の国際写真情報誌上に発表され、その著作者は井上球二とあつたので、被告は、その社員を派して、同人に「もう一度東京の未来図をかいてもらいたい」と依頼したところ、その快諾を得た。かくして、被告は原告の地図が被告の調査の結果に照らし現実と相違する点(たとえば、駒沢競技場附近の道路など)を指摘し、全体図のほかに部分図の作成をも合せて依頼して、同人より被告の地図が作成されたのである。(部分図は都合により誌上発表を中止した。)かように、被告の地図は、井上球二がみずから創作したものであり、もとより原告の地図の偽作ではないから、被告が、これを週刊新潮誌上に掲載したことは、なんら原告の権利を侵害するものではない。

三  原告主張の第三項の事実のうち、原告主張の国際写真情報の末尾に、その主張のような記載のあることおよび原告主張の頃井上球二が被告の依頼により、被告の地図を作成したことは、いずれも認めるが、その他は否認する。

被告は、原告の地図に「井上球二作」と表示されていたことから、同人に新しく被告の地図の作成を依頼したのである。

四  原告主張の第四項の事実のうち、原被告が、いずれも出版業者であり、全国にわたる販売網を有していることは認めるが、その余は知らない。

五  同じく第五項の事実のうち、原告が、その主張のような照会および批評を受けたことは知らない、原告の声望名誉が傷つけられたことは否認する。

六  仮に、被告の地図が、原告の地図の偽作であるとしても、原告の損害が請求の趣旨記載の方法による謝罪広告によらなければ回復できないという原告の請求は、次の事情に照らし過大である。すなわち

(一) 被告の地図は、出版物としては、文化的価値において、いわゆる「カツト」的意義に評価されるものの類にすぎない。

(二) 高速道路の図画化を試みるとすれば、この種の地図的著作物は、すでに公表された東京都の資料、新聞および雑誌上に図化された資料等によつても、ほとんど類似のものができあがることが当然であり、個人が作つても骨子に変りはなく、わずかに、図作に多少の相違がある程度のものにすぎない。

(三) この種の地図の原画は、文化財的価値があつても、永続性がなく、財産的価値も一時的のものであり、将来この原画が果す文化的、経済的および財産的価値は、ないというべきであり、原告の公表時に一時的報道価値があつたほか、著作権保護の目的である文化の普及および発達、文化秩序の維持等の見地からは偽作により失われた原告の公私的利益は、稀薄である。

第三  証拠関係≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  原告が、昭和三十八年十一月一日発行の国際写真情報第三十七巻第十一号の、「生れかわる大東京」と題した記事中に、同誌第五頁から第八頁にわたり、原告の地図を掲載したことは、当事者間に争いがない。

(原告が原告の地図の著作者かどうか)

二 原告は、原告の地図は、原告が画家井上球二の協力を得て、みずから著作したものである旨主張するが、これを認めるに足る適確な証拠はない。もつとも(証拠―省略)を総合すると、原告は、昭和三十八年八月末、当時東京都内において、国際オリンピツクのための道路工事が諸所において開始されたが、各道路が、どこを通り、かつ、どこで連絡するのか、一般には知られていなかつたことに着目し、高速道路を中心にパノラマ式の東京の地図を製作し、原告発行の国際写真情報に掲載する企画を立てたこと、その企画に基づき、原告の編集部員が首都高速道路公団広報課において、道路計画および立体交叉の模型を調査し、道路の主要部分を空中撮影するなどして資料の蒐集に努めたこと、同年九月初め頃、原告の編集長が、画家井上球二に地図の製作を依頼したが、その際、地図に入れるべき主要道路(たとえば、放射線および環状線)、建物および施設等(たとえば、東京駅、東海道新幹線、東京タワー、国会議事堂、明治神宮、モノレールおよび羽田東京国際空港)を指定し、森や河川は着色するよう注文し、かつ、前掲写真および東京の五十万分の一の地図を提供したこと並びに原告の編集部員およびカメラマンが井上球二を案内し、写真を見ただけでは解りにくい箇所を踏査したことを認めることができるが、これらの事実だけから、直ちに、原告の地図が原告の著作にかかるものであるとすることは、著作物の性質上、はなはだ困難というべく、かえつて、前掲証拠によれば、井上球二は、原告から提供された前記各資料との踏査の結果に基づき、原告の指示、注文したところをできるだけ画面にとり入れ、その意図にそうよう努めつつも、これを図形、図柄により具体的に表現するに当つては、その画家としての芸術的な感覚と技術を駆使して、みずからの創意と手法とにより、原告の地図の原画を製作したものであること。したがつて、原告の地図は、井上球二の創作にかかる精神的作品であることを窺うことができるから、原告の前示主張は理由がないものというほかはない。

(むすび)

三 叙上のとおり、原告が原告の地図の著作者であるとは認めることができないから、原告が原告の地図につき、その著作者であり、したがつて、著作者人格権および著作権を有することを前提とする原告の本訴請求は、進んで、他の点について判断をもちいるまでもなく、理由がないものといわざるをえない。よつて、原告の請求は、棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官太田夏生 荒木恒平)

目録<省略>

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